格安SIMの比較記事は、世の中にいくらでもあります。料金表も速度データも出揃っています。それでも変えられない人が大勢いる。かつての私がそうでした。
今日は料金や速度の話をしません。20年以上ドコモを使い続けた私が、なぜ変えられなかったのか。その本当の理由を書きます。先に言うと、止めていたのは料金でも品質でもなく、自分の見栄でした。
「王様ドコモ」がかっこいいと思っていた
私は20歳からずっとドコモでした。理由を突き詰めると、恥ずかしいのですが「王様ドコモを使っている自分がかっこいい」と思っていたんです。笑ってください。でも、同世代なら少し分かってもらえる気もします。私たちの世代にとって、ドコモは携帯の王様でした。
格安SIMが世に出てきたときも、「ああいうのは若い子が使うもの」とどこかで思っていました。安さに飛びつくのは、なんとなく格好が悪い、と。
キャリアメールが消えるのも嫌だった
ドコモのメールアドレスがなくなることにも抵抗がありました。冷静に振り返ると、大して使っていなかったのに、です。長年のアドレスには「手放したら何か困る気がする」という魔力があります。実際に手放して困ったことは、一度もありませんでした。
「いい大人がLINE通話はダサい」と思っていた
もうひとつ、私は「かけ放題」のオプションを契約していました。理由は単純で、いい大人がLINE通話を使うのはダサいだろうと思っていたから。電話は電話回線でかけるものだ、と。
だから毎月、かけ放題のぶんの料金をきちんと払い続けていました。今思えば、これも完全に見栄です。
見栄を取っ払ったら、何も問題がなかった
あるとき、その見栄をぜんぶ取っ払って乗り換えてみました。ドコモの大容量プランからahamoへ、そこから格安SIMへ、段階を踏んで。
結果はあっけないものでした。電話したければLINE通話でかける。相手も普通に出る。音質も気にならない。キャリアメールがなくても誰からも何も言われない。「ダサい」と思っていたことは、誰も見ていなかったんです。
それで月に数千円変わりました。年間にすれば数万円。見栄の維持費としては、高すぎました。
もっと早くやめておけばよかった、ととても後悔した
乗り換えて一番強く感じたのは、節約できた喜びよりも「なぜもっと早くやらなかったのか」という後悔です。20年分の「見栄の維持費」を計算しそうになって、やめました。精神衛生に悪いので。
いま格安SIMを迷っている人で、料金プランを何度も見比べている人がいたら、一度だけ自分に聞いてみてほしいんです。本当に迷っているのはプランですか?それとも、私と同じ見栄ですか?
変えたあとの実際の話
ちなみに乗り換えた先での実体験は、それぞれ別の記事に書いています。
まとめ|スペック表の外側に、本当の理由がある
格安SIMに変えない理由が「通信品質が心配だから」なら、比較記事を読めばいい。でも、もし理由がうまく言葉にできないなら、それは私と同じかもしれません。
見栄は、手放してみると驚くほど軽い。そして月数千円は、家計にとって驚くほど重い。46歳になってようやく分かったことでした。


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